労働人口の減少や雇用の流動化を背景に、企業の人材確保と育成の難易度は年々あがっています。せっかく入社した社員が早期離職してしまうという悩みを抱えている企業もあるでしょう。
課題解決のひとつとして、「オンボーディング設計」に力を入れる企業が増えてきました。一方で、オンボーディング設計という言葉は知っていても「具体的に何をしたらいいかわからない」という声も耳にします。本記事にてオンボーディング設計の基本と実践ステップなどを解説するので、ぜひ最後までご覧ください。

オンボーディング設計とは?定義と重要性
オンボーディング設計とは、新入社員や中途入社者(以下、新メンバー)が組織にスムーズに馴染み、早期に戦力として定着できるような仕組みを「戦略的に構築」することです。入社手続きや導入研修だけでなく、入社前から入社後数ヶ月〜1年にわたる中長期的な期間を対象とし、新メンバーの定着と即戦力化をサポートします。行き当たりばったりの対応ではなく「設計」するという視点が必要です。
従来の新人受け入れは、OJT担当者や配属先の部署任せで、対応や質が属人化してしまうケースも多く見られました。一方で、オンボーディング設計は、いつ、誰が、何を、どのように伝えるのかを事前に定義しプロセスを標準化します。どの部署に誰が配属されても、一定水準以上のサポートを提供できるように設計し、再現性の高い成果に結びつけます。
近年、オンボーディング設計の重要性が高まっている背景には、深刻な人材不足と働き方の多様化があります。終身雇用が当たり前ではなくなったため、個人はキャリアに合わせて転職を繰り返すようになりました。新メンバーに早く定着してもらうには、企業は従業員エンゲージメント(組織への愛着や貢献意欲)を早期に高めなければなりません。
このような状況で、意図的に関係構築の機会を設け、組織文化や業務知識を体系的に伝えるオンボーディング設計は不可欠です。人材確保のみならず、企業の持続的な成長に欠かせない経営戦略の一部といえるでしょう。

オンボーディング設計が求められる理由
なぜ、オンボーディング設計が求められるのでしょうか。理由のひとつは、従来のOJTやOff-JTといった個別の施策だけでは、新メンバーの定着と育成に限界があるからです。
手法 | 概要 | リスク・課題点 | 特徴・メリット |
---|---|---|---|
OJT | 実務を通じた育成方法 | 指導担当者のスキルや熱意によって質がばらつくリスクがある | 実践的で即戦力になりやすいが、属人化しやすい |
Off-JT | セミナーや講義による集合研修 | 実務との乖離が起きやすいというリスクがある | 体系的な知識習得ができるが、実務に直結しづらい |
オンボーディング | 新メンバーの定着と即戦力化というゴールから逆算して設計 | OJTやOff-JTの課題を包括的に解決する必要がある | 両者を戦略的に組み合わせた仕組みで、属人化を防ぎ再現性を確保 |
このように、従来のOJTやOff-JTなどによるサポート体制では限界があるため、オンボーディング設計に注目が集まっているのです。
汎用的な研修だけでは成果が出ない
Off-JTの代表例である汎用的な研修は、同じ内容を一度に提供しているため、十分な成果にはつながりづらい点が課題です。個々のメンバーが持つスキルや経験、配属先の業務内容が異なるため、一律の情報提供では自分ごととして捉えにくいからです。
特に、豊富な実務経験を持つ中途入社者や、高度な専門知識が求められる職種の場合、一般的なビジネスマナーや会社の沿革よりも、自分の業務に直結する具体的な情報を強く求めています。
オンボーディング設計では、「誰に(新卒か中途か)・いつ(入社初日か、1ヶ月後か)・どのタイミングで・何を伝えるか」を細かく計画します。個々の状況に合わせた情報提供を設計して学習効果を最大化し、スムーズな実務への移行を促すのです。
属人化の排除・標準化の必要性
新メンバーの受け入れを現場のOJT任せにしていると、「先輩によって関わり方が違う」「誰に質問したらいいかわからない」といった課題が生じがちです。指導役のスキルや熱意によってサポートの質が異なる「属人化」は、新メンバーの成長スピードや定着率に悪影響を及ぼしかねません。
オンボーディング設計の目的の一つは、属人化を排除し受け入れプロセスを「標準化」することです。誰が担当しても、新メンバーが一定水準のサポートを受けられる状態を目指します。
そのために有効なのが、具体的なツールや仕組みの導入です。チェックリストやテンプレートを整備して、教え漏れや認識の齟齬を防ぎます。新メンバーも、今何をすべきかが明確になるため、安心して業務に取り組めるでしょう。
リモート時代に求められる部門横断の仕組み化
テレワークやハイブリッドワークが普及し、副業・業務委託、外国籍のメンバーなど、多様な働き方が当たり前になりました。一方で、隣の席の人に質問したり、雑談から暗黙知を学んだりする機会は減っており、「誰が、いつ、どこにいても」サポートを受けられる仕組みが不可欠です。
こうした仕組みを機能させるには、人事部だけで完結するのではなく、他部門との連携が欠かせません。たとえば、入社手続きや労務管理を担う管理部門、PCやツールの設定を行う情報システム部門、そして実務面で新メンバーを支える現場の配属先などが、それぞれの役割を果たす必要があります。
オンボーディング設計の基本構造
オンボーディング設計を始めるにあたり、全体像の理解が必要です。設計はひとつの施策ではなく、即戦力化・早期離職防止・エンゲージメント向上といった複数の目的や必要性が組み合わさって機能します。ここでは、以下の2つの視点で見ていきましょう。
- 設計の4つの視点
- 役割と評価の仕組み
順番に詳しく解説します。
設計の4つの視点
オンボーディング設計を成功させるには、期間や対象者など、複数の視点を踏まえて設計することが重要です。ここでは、設計に欠かせない4つの視点を紹介します。
期間(短期〜長期)
オンボーディングの期間設定は、成否を左右する重要な要素のひとつです。多くの企業では、入社後1週間程度の導入研修でオンボーディングを終えてしまいがちですが、それでは不十分です。
効果的なオンボーディングは、中長期的な視点で設計する必要があります。
期間 | 主な目的 | 主な取り組み内容 |
---|---|---|
短期(〜1ヶ月) | 環境への適応と人間関係の構築 | 社内メンバーとの顔合わせ、企業文化の理解促進など |
中期(1〜3ヶ月) | 業務の独り立ち | OJTによる実践的なスキル習得、メンターとの定期的な1on1など |
長期(3ヶ月〜1年) | 組織への貢献と定着 | 自律的な業務遂行、チームへの貢献など |
期間ごとに明確なゴールを設計し、単なる知識の伝達から、定着と戦力化へとオンボーディングを進化させましょう。
対象(新卒・中途・外国籍など)
オンボーディングは、すべての新メンバーに同じプログラムを提供すれば良いというものではありません。対象者のバックグラウンドに応じて、伝えるべき情報やサポート方法を変えましょう。
たとえば、新卒社員であれば、ビジネスマナーや会社の歴史といった基礎から丁寧に教えます。中途社員には、社内のキーパーソンや独自の業務フロー、企業文化といった「その会社ならではの情報」を重点的に提供してください。外国籍の社員に対しては、言語のサポートはもちろん、日本のビジネス慣習や文化的な背景(例:曖昧な表現の意図など)を解説する配慮が必要です。
対象者の特性を深く理解し、それぞれに最適化されたコンテンツやアプローチを用意することが、オンボーディングの効果を最大化する鍵となります。
手法(オンライン/対面、OJT/Off-JT)
オンボーディングの手法は、一つに絞るのではなく、目的や対象者、内容に応じて多様な選択肢を組み合わせることが効果的です。主な手法として、OJT(On-the-Job Training)とOff-JT(Off-the-Job Training)、対面とオンラインの形式が挙げられます。
手法 | 概要 | 主なメリット | 注意点・リスク |
---|---|---|---|
OJT | 実際の業務を通じてスキルを習得する方法 | 実践的で即効性が高い | 指導者のスキルに成果が左右されやすい |
Off-JT | 業務から離れて知識やスキルを学ぶ方法 | 体系的な学習に適している | 実務との乖離が起きやすい |
対面 | 同じ場所で実施する形式 | 偶発的なコミュニケーションが生まれやすい | 場所や時間の制約を受ける |
オンライン | オンライン上で実施する形式 | 場所を問わず実施可能 | 双方向のコミュニケーションが取りにくい |
それぞれの長所と短所を理解し、目的達成のために最適な組み合わせを設計しましょう。
評価と改善(PDCA)
オンボーディングは「設計して終わり」ではありません。その効果を最大化し、継続的に改善していくためには、「何を達成目標とするか(KPI)」を定め、その達成度を「どのように評価するか」をあらかじめ仕組みに組み込んでおくことが不可欠です。
設計段階で「入社後3ヶ月時点での離職率」といった具体的なKPIを設定し、定めた指標に従い、施策がうまくいっているのかを客観的に判断します。評価のタイミングと方法も具体化しましょう。定期的なアンケート回収や節目ごとのフィードバック面談がおすすめです。
集まったデータや意見に対して、分析・改善策の立案を行います。改善サイクルを回し続けて、オンボーディングの質を高めることが、組織全体の成長につながります。
役割と評価の仕組み
オンボーディングを成功させるためには、プログラムの内容だけでは不十分です。「誰が、いつ、何を担うのか」という役割分担と、「プログラムが機能しているか」を測る評価の仕組みを明確化しましょう。
担当者の役割が曖昧だと、フォロー漏れや責任の押し付け合いが発生し、せっかくの設計も絵に描いた餅で終わってしまいます。また定期的な進捗確認や状況把握を通して、計画通りに進んでいない部分を早期に発見し調整・改善するプロセスも忘れてはいけません。
ここからはオンボーディングの役割と評価について、以下の2つの視点で詳しく解説します。
- 担当者(メンター/上司/人事)の役割設計
- 評価基準の明確化(いつ・誰が・何を見て判断するのか)
順番に見ていきましょう。
担当者(メンター/上司/人事)の役割設計
オンボーディングを属人化させず、組織的に機能させるためには担当者の役割分担が不可欠です。担当が曖昧なままでは、新メンバーが困ったときに誰を頼れば良いか分からず、フォロー漏れが発生するからです。以下の情報を参考に、担当者の役割設計を行いましょう。
担当者 | 主な役割・関わり方 | 補足説明 |
---|---|---|
メンター | 日常的な業務の進め方の支援、疑問・不安の相談対応 | 日々の困りごとをサポートし、精神的な支えとなる存在 |
上司 | 中長期的な目標設定、評価・フィードバック | キャリア育成を見据え、成長を導く責任を担う |
人事 | プログラム全体の設計・運用・改善 | 入社手続きや制度説明、企業文化や価値観の伝達も担う |
このように役割を分担し、密に連携することが、新メンバーの定着につながります。
評価基準の明確化(いつ・誰が・何を見て判断するのか)
オンボーディング施策が効果をあげているのかを判断し、改善につなげるためには評価基準の明確化が不可欠です。「いつ・誰が・何を」評価するのか、基準を事前に設計しておく必要があります。「何となくうまくいっている気がする」といった感覚的な評価では、課題の特定や次のアクションにつながりません。
評価基準を設計する際は、時期・担当者・評価項目をセットで考えましょう。以下に具体例を示します。
時期 | 評価者 | 評価項目(評価観点) |
---|---|---|
1ヶ月後 | メンター | 基本的な業務ツールを一人で操作できているか |
上司 | チームメンバーとのコミュニケーションが円滑か | |
本人 | 業務内容や目標に対する理解度 | |
3ヶ月後 | 上司 | 小規模なタスクを独力で完遂できたか |
人事 | 会社へのエンゲージメントが形成されているか |
評価基準が明確になれば、関係者間の目線がそろい客観的で公平な評価につながります。
オンボーディング設計のステップと進め方
思いつきでは成果につながらないオンボーディング設計。必要なのは、自社の状況をきちんと見極め、目標を定めたうえで、戦略的に組み立てていくプロセスです。
現状把握からコンテンツ設計、運用の改善まで、段階的にどう進めていくかを順を追って見ていきます。
現状把握と課題の洗い出し
オンボーディング設計は、現場の状況を知らずして始めてはいけません。まず現場で何が起きているのかを把握し、施策の土台作りを行います。具体的には、以下のように定量・定性の両面から情報を集めると良いでしょう。
データ種別 | 収集手段 | 内容・目的 |
---|---|---|
定量的データ | 離職者データ | 入社後1年未満の早期離職者に関する統計や退職理由を分析し、定着課題を把握する |
アンケート | 新入社員や受け入れ担当者の満足度・課題意識を数値で可視化する | |
定性的データ | インタビュー | 「困ったこと」「助けになったこと」など、現場の生の声を深掘りする |
1on1のログ | 1on1での実際のやりとりを確認し、支援や課題の兆候を把握する |
これらの情報を通じて、新メンバーがどのフェーズで、どのような課題につまずいているのかを可視化しましょう。洗い出した課題を解決すべく、オンボーディングを設計します。
設計目標の設定
現状の課題が明らかになったら、課題を解決した先のゴールを設定します。「なんとなく手厚く支援する」といった曖昧な状態では、施策の中身もぼやけてしまい、効果測定もできません。以下の3つの軸を意識して、具体的に目標を設定しましょう。
目標レベル | 概要 | 具体例 |
---|---|---|
行動レベルの目標 | 新メンバーが「何ができるようになるか」を明確にする | 入社1ヶ月で一人で経費精算ができる |
スキル・知識レベルの目標 | 習得すべきスキルや知識を明確にする | 自社製品の基本機能を顧客に説明できる |
定着・マインドレベルの目標 | 組織への適応や意欲・エンゲージメントを測る | チームの目標達成に貢献したいという意欲を持っている |
このように具体的な目標が設定できれば、そこに向かうための最適な道のりを設計できるのです。
プログラムとコンテンツの構築
設計目標が設定できたら、具体的なプログラムとコンテンツを構築します。時間軸を意識し、フェーズごとに「何を学び、誰と関わり、何ができるようになるのか」を体系的に設計しましょう。
このフェーズは、「はじめて会社と接する時間」です。安心して初日を迎えてもらうためには、事前の情報提供が不可欠です。
【主な取り組み】
- 内定者向けサイトでの情報共有(制度、チーム紹介など)
- 必要書類の案内と提出フローの明示
- ウェルカムメッセージの送付や動画での挨拶
会社からのコミュニケーションが「放置されていない」という実感につながり、心理的な距離を縮めます。
ここでは「緊張がほぐれる」「必要な操作がひと通りできるようになる」状態を目指します。人・環境・理念との接点をバランスよく設計することが重要です。
【主な取り組み】
- PCやアカウントのセットアップ
- 社内ツール・業務システムの操作研修
- 人事・情シスによるオリエンテーション
- チームメンバーとの対面 or オンライン交流
- 経営層やリーダーによるビジョン共有
この段階は「会社に属する実感」が持てるかどうかの分岐点。受け入れ側の温度感が成否を左右します。
単なる説明で終わらず、「業務に参加してみる」ことが求められる時期です。理解・実践・振り返りの循環を回せる仕組みが必要です。
【主な取り組み】
- メンターによるOJTの開始
- 業務マニュアルの読み込みと操作練習
- 週1回の1on1でのフォローアップ
- チーム内での役割や責任範囲の明確化
少しずつでも「できること」が増えると、本人の自信につながります。経験と支援のバランスが重要です。
単なる説明で終わらず、「業務に参加してみる」ことが求められる時期です。理解・実践・振り返りの循環を回せる仕組みが必要です。
【主な取り組み】
- メンターによるOJTの開始
- 業務マニュアルの読み込みと操作練習
- 週1回の1on1でのフォローアップ
- チーム内での役割や責任範囲の明確化
この時期を乗り越えられるかどうかで、定着・離職が分かれやすくなります。進捗を可視化し、孤立を防ぐことがカギです。
運用と改善サイクルの仕組みづくり
オンボーディングプログラムは作って終わりではありません。本当に機能しているかを見極め、必要に応じて手を入れる仕組みを持っておくことで、初期設計の価値が長く保たれます。
改善を継続的に回すには、評価のタイミング・方法・反映先をあらかじめ決めておくことが重要です。以下のように、定量と定性の両面から情報を収集し、それを“いつ・どこに”反映するかまで設計しておきましょう。
評価の種類 | 手法 | 内容・目的 |
---|---|---|
定量的評価 | KPI設定 | 事前に設定した指標をもとに効果を数値で測定し、ギャップを確認する |
定性的評価 | アンケート | プログラムの満足度や改善点を参加者から回収する |
フィードバック面談 | 節目ごとに1on1などで直接ヒアリングを行い、リアルな声を把握する |
PDCAサイクルを回すためのポイント
- 評価の頻度を決めておく(例:1ヶ月、3ヶ月、半年後)
- 評価内容をもとに改善案をピックアップし、担当部門と定期連携する
- 変更内容はマニュアルやテンプレートに即時反映し、更新履歴を残す
改善サイクルの目的は精密さではなく、現場で続けられるかです。完璧な制度ではなく、変化を見逃さず小さく反映し続けるフローこそが、オンボーディングの質を支える仕組みになります。
オンボーディング設計のよくある失敗
オンボーディングを採用しても、必ずしもうまくいくわけではありません。良かれと思って取り入れた施策が、期待通りの効果につながらなかったケースもあります。ここでは、オンボーディング設計でよくある失敗を3つ紹介します。
- 属人化によって継続できなくなるケース
- 評価が曖昧で改善できない
- 関係者の巻き込み不足で空回り
あらかじめ失敗例を把握しておき、自社での設計に活用してください。
属人化によって継続できなくなるケース
オンボーディング設計で多い失敗のひとつが、特定の担当者の熱意やスキルに依存してしまい、異動や退職を機に活動が立ち行かなくなる「属人化」です。
属人化が生じる背景は、オンボーディングを個人の「タスク」として捉え、組織の「仕組み」として設計・記録していない点にあります。担当者個人の頑張りに頼っている限り、その取り組みは持続しません。
設計段階から「誰がやっても回せる」仕組みを意識する必要があります。業務マニュアルやチェックリスト、運用ルールなどを整備し、ドキュメントとして残しましょう。担当者が変わっても知見やノウハウが引き継がれるため、オンボーディングの品質を維持できます。継続の鍵は、仕組みと記録にあるという視点が大切です。
評価が曖昧で改善できない
オンボーディング施策の成果を測るための客観的な評価軸がなければ、振り返りも改善もできません。実施することが目的化してしまい、時間とコストをかけたにもかかわらず、支援の質の向上にはつながらないでしょう。
例えば、「新メンバーの立ち上がりを早める」という曖昧な目的だけでは、何をもって「立ち上がった」と判断するのかが分かりません。これを避けるためには、設計時に以下のような具体的なKPIを設定する必要があります。
- 3ヶ月後の独り立ち度を測るテストの点数
- 半年後の定着率
- オンボーディング満足度アンケートのスコア
数値には表れない定性的な情報も収集し、効果を評価できる仕組みを整えましょう。この点においても評価軸を明確にして、客観的な振り返りと改善アクションにつなげましょう。
関係者を巻き込み切れていない
どれほど設計を練り込んでも、実際に新メンバーと関わるのは現場の上司やメンターです。現場の理解と協力が得られなければ、想定通りにプログラムが運用されず、受け入れ側にも負荷が残りがちです。
こうしたズレを防ぐには、設計の初期段階から現場の関係者に参加してもらうことが重要です。たとえば、配属予定のマネージャーやメンター候補とともに、「どのタイミングで、誰が、何を伝えるか」といった役割を一緒に考えることで、より現実に即したプログラムを構築できます。
事前に関係者の視点を取り入れておくことで、「運用しやすさ」「協力の得やすさ」「定着後のギャップの少なさ」が大きく変わってきます。オンボーディングを全社的な取り組みとして捉えることが、継続的な成果につながる鍵になります。
オンボーディング設計の参考事例
ここまでオンボーディング設計を行うための情報をまとめてきました。さらに他社での取り組み事例を知れば、自社の施策を考えるうえで非常に有益なヒントとなるでしょう。
SmartHR:バリュー体現を重視したオンボーディングの進化
クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHR社は、企業の急成長に伴い、オンボーディングを継続的に進化させています。
当初は、即戦力化を目指して網羅的に情報を伝える手厚いプログラムでしたが、社員数が急増するにつれて「情報量が多すぎて覚えきれない」という声が上がるようになりました。2024年にオンボーディングを単なる情報提供ではなく、会社の価値観である「バリュー」を深く理解し、日々の業務でどう実践するかを考えてもらうことを目的に再設計したのです。
具体的には、入社時のインプット情報を精査する一方で、入社1ヶ月後にはバリューについて改めて考えるワークショップを導入しました。結果として、新入社員の満足度を維持しながら、「バリューを体現したい」という声が増えるなど、組織文化の浸透という面で大きな成果を上げています。
参考:バリュー“理解”から“体現”へ。「秘伝のタレ形式」を脱却したオンボーディングの歴史 – SmartHR Mag.
freee:ユーザー体験を重視したオンボーディング設計
クラウド会計ソフトを提供するfreee社は、プロダクト開発におけるUX(ユーザー体験)デザインの考え方を、社員のオンボーディング設計にも応用しています。
開発チームはまず、ユーザーがつまずく「ハードル」を徹底的に分析します。課題を特定し、業種ごとに初期設定の道のりがわかるオンボーディングを設計しました。簡単な質問に答えるだけで、ユーザーの事業に合わせた初期設定タスクがリスト化され、上から順番にこなすだけで設定が完了する仕組みがプロダクトに組み込まれました。
このアプローチを社員のオンボーディングに適用しています。新入社員という「プロダクトの新規ユーザー」が、社内でつまずきがちなハードルを特定し、活躍するための体験をデザインするという視点への応用です。新入社員の視点に立ち、課題を解決する体験を設計する事例です。
参考:freee会計 – オンボーディング施策のデザインプロセス|jkoba
エンジニアのオンボーディング設計プロセス例
エンジニアのオンボーディングは、単なる「入社手続き」では終わりません。技術的なキャッチアップと、チーム文化や開発プロセスの理解。この両軸を意図的に設計することが、早期戦力化につながります。
以下は、エンジニア向けに実際の現場で機能しているプロセス設計の一例です。
【入社前】技術情報の“先渡し”で心理的ハードルを下げる
- 技術スタックや開発環境の概要をまとめたドキュメントを提供
- チームの開発カルチャーを伝える社内ブログやSlackスレッドを共有
コードに触れる前に「どういう価値観のチームなのか」が伝わることで、初日の緊張感が和らぎます。
【入社初日】技術情報の“先渡し”で心理的ハードルを下げる
- メンターとのペアプログラミングを通して、コード規約やレビュー文化を実地で学ぶ
- デプロイやCI/CDなど、開発〜運用までの流れを体験ベースで理解
テキストでは伝えきれない“プロダクトに息づく暗黙知”を早期に吸収する狙いがあります。
1ヶ月以降:小さな成功体験をデザインする
- 一人で完結できるスコープの「オンボーディング・プロジェクト」を任せる
- 開発プロセスをひと通り通すことで、自信と達成感を得てもらう
チームに貢献できたという実感が、定着意欲やエンゲージメントを強く引き上げるフェーズです。
重要なのは「技術的な情報を渡す」だけではなく、それをどう経験させるかまでを含めて設計することです。
エンジニアのオンボーディングは、“教える”より“一緒にやる”の発想がフィットします。自社の開発スタイルやチーム文化に合わせて、このプロセスをカスタマイズしていきましょう。
社内SEの求人なら社内SE転職ナビ

まとめ
本記事では、オンボーディング設計の定義と重要性から、具体的な設計ステップやよくある失敗、そして先進企業の事例まで解説しました。
オンボーディング設計は、単なる入社時研修ではなく、新メンバーが組織の一員として定着し、早期に活躍するためのプロセスを戦略的に構築する取り組みです。これがうまく機能すれば、早期離職を防ぎ、教育コストを最適化し、ひいては企業全体の生産性向上にもつながります。
成功の鍵は、属人性を排し、誰が担当しても一定の質を担保できる「仕組み」として設計することにあります。本記事で紹介した内容を参考に、継続的に改善していくオンボーディング設計を行いましょう。新メンバーの成功体験をデザインして、未来の強い組織づくりを実現してください。